とりあえずやってみた

書きたい事を書く事にする

小さな友達

私には歳の離れた友達が居ます。

毎年長期休暇になると会いに来てくれます。


それがとても嬉しい。


お兄ちゃんは中学生になって部活動が忙しく中々休みをとるのが難しいそうだ。

それでも合間をみて、時間を調節して来てくれる。


妹は小学生で最近は少し私から離れていった。
それは成長として凄く嬉しい事ではあるけども、やはり寂しい。




そして何と言ってもこのお母さんがとても好き。

自分は所詮アルバイトなんですね。
けどこのお母さんは「アルバイト」を見てるんじゃなくて「私」を見てくれている。

上手に教えるアルバイトの先生ではなく
上手に教える楔先生として見てくれる。


それがとても嬉しい。

頑張ってる自分を素直に誉めてもらえるのが嬉しい。


本当は常に仕事を辞めたいと思ってた。
子供達に教える自らの力量の無さに辟易していたのだ。


親からのプレッシャー、職場でのプレッシャー、上手にならない子供達への苛立ち、上手に教える事のできない自分への苛立ち。


全てに対して嫌になっていた。

そのタイミングでこの親子はやってきた。

そして俺を誉めてくれた、全力で誉めてくれた。


先生のお陰でうちの子は水泳が好きになりました。
先生が話してくれるから私もスイミングと言うものが好きになりました。

って言われた。


やっぱ全力で誉めてくれたら嬉しいやん。
恥ずかしさの方が勝ってるんやけど、心の中では泣いている。

嬉しくて泣いている。

人から誉められる事なんてまずない。
普段の仕事でも、仕事だからこなすのは当たり前。

だから誉められない。



けどこの仕事は違った。
このお母さんは違った。

全力で誉めてくれた。

それが素直に嬉しい。



以前この親子から手紙が来た。

お兄ちゃんは流石に恥ずかしい年代なんだろう。
無かったが下の妹から手紙がきた。


そこには覚えたての字で、決して綺麗とは言えない字で私に手紙をくれた。

それが私には堪らなかった。
嬉しかった。

嬉しすぎて一人ニヤニヤしていると嫁が「キモッ」て妬きもちを妬いていた。



それぐらい私はこの親子が好きなんだと。

この親子には自らの存在意義を教えてもらえた気がするし、水泳指導としてのあり方、そして親としてのあり方、教育者としてのあり方として

誉める

と言うことの重要性、大事さを教えてもらった。




この親子には感謝しても感謝しきれない。


遠く離れた埼玉に住んでるこの親子。
毎年会いに来てくれるこの親子が私は大好きだ。




私の小さな友達、そして私の大事な友達。